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被災地に"命の水"を
災救隊 宮城・福島へ

大津波が押し寄せた地域で、給水活動を行う災救隊員(20日、宮城県多賀城市で)前号既報の通り、東北関東大震災天理教災害救援対策本部(上田嘉太郎本部長)は、関係機関と連携し、被災地への給水車の派遣を決定した。これを受け、災害救援ひのきしん隊(=災救隊・田中勇一本部長)は16日、まず被災地への中継地となる新潟教務支庁へ給水車5台を急派。翌17日から22日にかけて、新潟教区隊(長澤勉隊長)48人が宮城と福島の両県に入り、断水が続く地域で給水活動を展開した。いまだ余震が続き、行政も混乱状態のなか、被災地へ"命の水"を届ける隊員たちに同行した。(23日記)

17日午後3時すぎ、隊員を乗せた給水車3台と緊急車両が、東北自動車道の仙台宮城インターチェンジに差しかかった。カーラジオから、女性アナウンサーの声が聞こえてくる。「若林区の○○さん、連絡を下さい」。行方不明者の安否を心配する家族などから寄せられたファクスが、次々と読み上げられていく。
気温2度。東北地方に真冬並みの寒波が襲来し、仙台市内も雪が降り積もっている。
ネオンの消えた繁華街。すでに閉店しているガソリンスタンドには、エンジンを切った車が数百bも連なり、スーパーの前には明日の食料≠求めて順番待ちをする人々の列・・・・・・。
4時、拠点となる宮城教務支庁に到着。夕づとめ後の結隊式で、遠藤宏教区長は「この大震災で、教区管内の教会も大打撃を受けたが、いまだ被災状況がつかめていない」と声を震わせた。

ある老婦人の言葉
翌18日、新潟教区隊は早朝から迅速に行動開始。前日の市水道局などとの打ち合わせで決まった現場3カ所へ向かった。
午前9時半、市内の高台にある緑ヶ丘地区には、すでに120人ほどの被災者が列をつくっていた。
同地区は標高100メートルはどの住宅地。高齢者の割合は48パーセントを占める。しかし市の給水所は、急勾配の坂を下った数キロ先に設けられているという。
「初めは皆、車で水を取りに行っていたが、ガソリンの供給もままならない状況では、私ら高齢者の足で給水所までの距離を往復するのは困難」と町内会長の黒田啓介さん(73歳)。 隊員たちは、被災者が差し出すポリタンクやペットボトル、鍋やバケツに次々と水を満たしていく。そのさなか、ある老婦人が手を滑らせ、ペットボトルの水をこぼした。
「あっ、もったいない」
思わず、周囲から声が漏れる。隊員が自宅まで一緒に運ぶと、その婦人は「水は命だね。ありがとうね」と頭を下げた。
ここから約500メートル離れた鹿野本町の現場では、仙峰分教会(向所千夏会長)を拠点に給水活動を実施。周辺の住宅地を給水車で回り、隊員たちは拡声器を片手に呼びかけた。
これと並行して、福島県では、県立医大病院の依頼を受け、前日午後から給水車2台でタンクへ水を運ぶ作業に従事した。

  現地入りした中田氏は、隊員たちを激励した(19日、宮城教務支庁で)  水の入った重い容器を女性宅まで届けた(18日、仙台市太白区で)

"安心"を届けて回る大津波で押し流された車両が散乱していた
一方、宮城教区隊は、大津波で甚大な被害に見舞われた太平洋沿岸部を視察。行政との折衝のうえ、給水車が必要な現場を探し回った。
その一つが、福島との県境にある宮城県山元町。沿岸部一帯が水没、町の3分の1が壊滅したという。
実動2日目。新潟教区隊は、前日の現場で給水活動を展開するとともに、給水車1台を山元町へ。現地まで案内する宮城教区隊の大田徳義・副隊長の車に、記者も乗り込んだ。
仙台東部道路を南へ走ると、信じられない光景が目に飛び込んでくる。津波で流された船や車、一面に広がる瓦礫の山。そこにあったであろう町が、跡形もなく消えていた。
福島原子力発電所から北へ50キロに位置する山元町には、多くの避難民が押し寄せ、町役場は対応に追われて混乱状態にあった。
新潟教区隊は、行政の手が届かない地区4カ所に水を配って回った。
ある50代の女性は「役場からはなんの情報も入ってこないので不安だった。皆さんが来てくれたことで、水はもちろん"安心" も届けてもらった」と話した。
この日の午後4時すぎには、中田善亮・災救隊本部相談役が現地入り。宮城県庁で若生正博・副知事と面会し、見舞金を手渡した。その際、災救隊が給水に駆けつけた旨を伝えると、若生副知事は「水不足が被災者の強いストレスになるので、非常にたすかる」と謝辞を述べた。
同日午後には、さらに給水車2台が宮城教務支庁に合流した。

"たすけの輪"広げて20日からは、宮城教区隊が探し当てた沿岸部の現場などへ、新潟教区隊が給水車5台で乗り込んだ。
多賀城市の現場では、50人が避難している公民館で給水活動。避難所や近隣の被災者たちが容器を持って次々と集まるなか、60代の男性は「家を失い、この先どうしていいか分からない」とつぶやいた。
22日までの5日間、被災地で実動した新潟教区隊員は延べ121人、供給した水は約66.5トンに上った。
松井善年・宮城教区隊長は「当初、管内の被害状況も分からぬまま、新潟教区隊を受け入れて給水活動をすることなど不可能だと思われた。しかし、わが事を差し置いてでも、被災地へ駆けつけてくださった教友の姿に、勇気を頂いた。復興に向けて、なんとか力を尽くしたい」と話す。
新潟教区隊による連日の給水活動の様子を、松井隊長は自教区管内の各支部隊長にメールで伝えた。真っ先に返信があったのは、教会が甚大な被害に見舞われた小山勝雄・気仙沼支部隊長(鼎浦分数会長)からだった。
「すぐに活動できず、申し訳ない。車の燃料を確保し次第、駆けつけたいと思います」給水車5台で手分けして、被災地へ水を届けた
戦後最大の自然災害を前に、本教の救援活動は、緒に就いたばかりだ。それでも"たすけの輪"は、着実に広がっている。

なお、その後の給水活動は、栃木教区隊が給水車を引き継ぎ、23日から28日にかけて実施する予定。
また、埼玉教区隊は20日から、給水車5台で岩手県へ出動。31日まで被災地で給水活動に従事する。
(文=岡崎裕一、写真=吉川治樹)

(『天理時報』 第4223号、2面記事の一部転載)

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